「ポジティブ心理学で高めるレジリエンス~ストレスに負けないしなやかな心の育て方~理事見聞録#011〜

NPOプレゼンテーション協会副理事長

太田哲二

【ポジティブ心理学とは】

ポジティブ心理学とは1998年にアメリカ心理学会の元会長、ペンシルバニア大学心理学教授 マーティン・E・セリグマン博士によって提唱された「ポジティブ心理学」である。今までの心理学が精神分析、うつやパニック症候群などのネガティブな側面に焦点が当てられて研究されてきたのに対して「ポジティブ心理学」は人の優れた側面、可能性や強み、能力などに焦点を当て「どうすれば人はより良く生きられるか」を研究する学問である。企業で「ポジティブ心理学」の話をすると、ときたま自己啓発系のポジティブ思考と間違えられることが多い。「ポジティブ心理学」と「ポジティブ思考」は異なるものである。ポジティブ心理学は普通の人がより仕事のやりがいを感じ、より生きがいを感じ、本当に幸せに生きるための研究で統計的に実証された科学である。ポジティブ心理学の扱う分野は広く、ポジティブ感情、幸せ、楽観・悲観、強み、レジリエンス、フローなど幅広い研究がなされている。今回は、レジリエンスやそれと関連した強み、フローについて紹介させていただく。


【レジリエンスとは】

私が「レジリエンス」という言葉に出会ったのは、ずいぶん前のことだが、昨年の東日本大震災以降、メディアなどを通じて「レジリエンス」という言葉に触れるようになった人も多いのではないだろうか。企業の方からも「レジリエンスとは何か?」という質問をしばしば受けることがある。レジリエンス(Resilience)とは、もともとは、ストレスとともに物理学の用語であった。ストレスが「外力による歪み」を意味し、レジリエンスはそれに対して「外力による歪みを跳ね返す力」として使われ始めた。レジリエンスは「ポジティブ心理学」の主要テーマとしても取り入れられ「心のしなやかさ」「困難を乗り越える力」などと訳されている。竹はしなるが折れずに弾き返して立ち直る。この立ち直り力のことをレジリエンスと呼んでいる。わかりやすい例がPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。1995年のアメリカの論文にはアメリカ人の50%近くがなんらかの外傷的体験にさらされるが、そのすべての人がPTSDになるわけではなくPTSDになるのはその約10%であるという。これらの違いは何なのかということをポジティブ心理学者たちが研究している。そして、レジリエンスを構成するいくつかの要素が明らかになってきた。大学生を対象としたレジリエンス研究やイリノイベル電話のハーディネス(hardiness/心の頑健さ)などいくつかの研究結果が報告されているがレジリエンスの要素は大きく4つのCでまとめることができる。

1.Control (コントロール/制御)

自分の感情や自分の人生をコントロールできる力。自分が人生をコントロールしているという感覚を自覚できること。そのためには自分軸をしっかりと持ち、困難な中にあっても主体的に自分の反応を選択することができる自己責任の要素を持つことが重要である。他人や過去はコントロールすることはできない。唯一コントロールできるのは自分自身と自分が影響を与えることのできる範囲の出来事である。「7つ習慣」の著者ステファン・Rコビー博士は「他人の行動が私たちを傷つけているのではない。他人の行動に対して自分で選択した反応が自分を傷つけているのである」と述べている。最初この言葉の意味が私には理解できなかった。しかしある時、転職先で同僚からひどい言葉を投げかけられて非常に悔しい思いをしたことがある。それをそのまま放っておくとストレスに潰されてしまいそうだったので学生時代の親友を飲みに誘い愚痴を聞いてもらった。じっと私の話を聞いていた彼はこう言った。「お前、今すごく悪い顔しているな。お前の話を聞いていると悪いのはお前の同僚だよな。お前の同僚が悪い顔になるのなら分かるけど、お前が悪い顔になるのは割に合わないんじゃないか」この話を聞いて「ああ、反応的になっていたのは自分だったのだ。自分で勝手に傷ついていたのだ」と気づくことができた。親友はさらにこうも言った。「あいつからあんなこと言われて昼飯ものどに通らないと言っても、あいつはしっかり食っている。あんなひどいことを言われて夜も眠れないと言っても、そいつはしっかり寝ている。損しているのはおまえじゃないか」。なるほどと思った。端的に言えば、どんな状況でも自分の機嫌は自分で取れる素質のある人は困難な出来事を跳ね返すことができる。

2.Challenge (チャレンジ/挑戦)

人は困難な出来事を、むしろチャレンジできる好機だと捉え積極的に立ち向かうことができる。東北大震災の後よくPTG(ポスト・トラウマ・グロース)(=トラウマ後の成長)という言葉を耳にする。同じ出来事でも災難とみるか、自分がチャレンジできるチャンスとみるか、認知の仕方の違いで結果は大きく異なってくる。どんな体験やプロセス、ときには大震災のような出来事ですら学びとして捉えることができれば大きく成長できる。未来に対して常にチャレンジできる機会を与えられているのだと希望を持つことができる人は困難を乗り越える傾向が強い。

  1. Commitment(コミットメント/関わり合い)

人生の様々な状況や出来事に対して自分事として当事者意識を持って全力投球で関わる姿勢のこと。日々発生する困難な問題に対しても逃げずに当事者意識を持って意欲的関わることがレジリエンスを高め充足感につながる。人は往々にしてやるべきことを先延ばしにして期限に追われて苦しむことがある。私も締め切りが迫っているのに、心のどこかで気にしつつも、好きな音楽を聞いたり、読書したり全然別のことをやったりすることがある。動き出すときが一番重いが動き出すと慣性の法則でどんどん足が前に進んでしまうものだ。本当に簡単なことでよいので自分事として一歩前に踏み込むことのできる人は困難を乗り越える力がつよい。

4.Connectedness(コネクティドネッス/つながり感)

自ら人間関係を作っていける社会的能力のこと。家族、友人、仕事の仲間など心を許せる誰かがいると人は優しくなれるし安心安全の基盤を持つことができる。「ツレがうつになりまして」という映画をご覧になった方もあるかもしれないが主人公は「自分には自分で気づかない奇跡の連続があって、周りに支えられて生きているんだ」と気づくことで自分のことを受け入れられるようになった。自分を支えてくれる人脈を広げておくことがレジリエンスを高め自分を守ることにもつながる。ある大手の企業で3年以内に辞める若手社員が目立つようになり大学別の違いを調査してみようということになった。その結果面白い傾向が分ってきた。慶應大学が極端に離職率や鬱に罹患する率が低かったのである。当初、バンカラで自由な雰囲気のある早稲田の方が変化やストレスに強く、お坊ちゃん育ちの慶應が弱いのではないかと予測したが全く逆の結果がでた。なぜだろうかと皆で話し合ったことがある。早稲田の学生は学生時代バンカラで自由な雰囲気を味わっていた分、自分の思い通りにならない企業の中で適応しづらくストレスを感じるのではないか。一方、慶應大学は三田会という同窓会があり、結束が強く社内で相談できないことでも大学の先輩がしっかり面倒を見てくれる。これらが離職率や鬱の発症率の差に大きく影響したのではないかという結論になった。つながり感やネットワークはレジリエンスを高める大きな要素となる。


【レジリエンストレーニング】

欧米では企業や官公庁のメンタルヘルス教育の大半は「レジリエンス」教育だといわれている。また、米国陸軍ではレジリエンス教育が盛んで、すでに85,000人が受検済みで2011年からは家族も含め全階層に展開し成果をあげている。レジリエンスに必要な力をまとめると以下のとおりである。米国陸軍はじめ多くの企業や団体で実施されているレジリエンス教育はこれらを高めるためのワークショップで組み立てられている。

・自己統制力:自分をコントロールできる力

・忍耐力  :我慢し、耐える力

・社会的能力:コミュニケーションを深め人間関係を構築する力

・社会的支援:家族・友人・上司・同僚などからの支援や応援

・認知の仕方:困難な状況を災難と捉えるか好機ととらえるか、捉え方の違い

・自己効力感:困難を乗り越えられると思えるだけの自信

・強みの活用:強みを発見し活用すること

・自分軸  :自分の価値観やミッションを明確に持っていること

・柔軟性  :変化に対する順応性。多くのアイディアを創りだせる柔らかさ

・希望   :希望を捨てずに夢に向かって進むことができる力

・現実的楽観:「今ここ」に焦点を当て、現実的で前向きに考えることができる力

・最善主義 :完璧主義を手放して失敗は誰にでもある自然なこととみなす傾向

・健康な心身:心身共に健康であること

一般的なレジリエンストレーニングではまずはアンケートに答える形で今の自分のレジリエンス度を知ることから始まる。その後、自分の高めたいレジリエンスのワークショップに参加する。たとえば「自分軸」では「自分が大切にしていることは何か?」を明確にするために100の言葉の中から大切にしている価値観のトップ5を選ばせたうえ、自分の軸がぶれない人はどんな人かを説明する。松下幸之助や稲盛和夫、スティーブ・ジョブズなどのロールモデルをイメージして「あの人のようになろう」と思ってもらうのが効果的である。「現実的楽観」を高めるために良く使うワークとして、当たり前のことでも良いので毎日3つは誰かに感謝する。その感謝を電話や手紙で意識的に伝える。あるいは寝る前にちょっとしたことでよいので感謝の言葉を5つ書き出す。これを続けるだけで人生を肯定的に評価できるようになったり、幸福感が高まったり、良く眠れるようになったりする。私はある大学の経営学部でリーダーシップの授業を持っているが感謝のノートを作成してもらい感謝の言葉を毎日5つ書くことを課題として課している。授業の最初と4か月後にアンケートをとり楽観度の変化を見てみたが明らかに改善傾向を示した。

私は、以前、ある企業からメンタルヘルス対策に関して相談を受けたことがある。その企業は医療関連事務の会社で例にもれず徹底的な成果主義を導入した後に、鬱の社員が急増してきた。

組織のマネジメントにはビジョンの推進や人材育成などの推進するマネジメントとリスクマネジメントやストレスマネジメントなど後退を防ぐマネジメントがある。そこで、ます対策として「部下を鬱にしないためのトレーニング」を管理職に対して実施した。同時に欠けているところを補うだけでなく推進する方のマネジメント教育も提案した。

推進するマネジメントと後退を防ぐマネジメントとでは一見対立しているように見えるが実はこれらは裏腹で、推進するマネジメントが本当にしっかりできていれば後退を防ぐマネジメントはそれほど必要ではなくなってくる。社員が鬱になる前の予防の方がはるかに効果的であり、本来ならばもっと推進するマネジメントに対して根本的な対策を打つ必要があると考える。推進するマネジメントとして会社が社員一人一人の強みを活かし社員が時間を忘れるほど時間に没頭できるような組織、フロー・カンパニーを目指せば後退を防ぐマネジメントは必要なくなるはずである。私は現在、チームのメンバーをフローに導き最高の成果目指す「フローリーダーシップ~最高の成果をあげる貢献型リーダーの育成~」の研修プログラムを開発しいくつかの企業で試験的に導入し始めたが「予防策よりははるかに効果的だと」好評である。

【終わりに】

会社として生産性を上げ、高い成果を出し続けることは大切だが、それはそもそも何のためなのかということを考えてみる必要がある。良い成果を出すためには顧客に感動を与える必要があるがそれには感動を与える役割の社員が元気でないと不可能である。そのためには成果をあげるためのプロセスが重要となってくる。結果がすべての間違った成果主義を導入しても一時的には数字は上がるかもしれないが長期で見ると社員は疲弊し鬱に罹患する率が増え負のスパイラルに陥る。生産性を上げようとしたことが逆に生産性を落とすことになってしまう。ポジティブ心理学には今回とりあげたレジリエンスや強み、フローをはじめとして社員を元気にすることが可能な沢山の領域から成り立っている。それらの様々な要素を上手に活用することによりストレスに負けないしなやかな心を育てることが可能となり大きな変化の波を上手に乗り越え高い生産性と高い成果を出し続きる組織を創りだすことが可能となる。これらのことが実際ポジティブ心理学により証明されているのである。

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